毎日真面目に生きている

毎日真面目に生きている東京在住の女の話

不調

元々、頭痛持ちで、季節の変わり目や気圧の変化に滅茶苦茶弱かったのだが、25を越えてずいぶんとましになってきたと思っていた。しかし、最近爆弾を抱えて生きているような生活に戻ってきている。

今も頭がいたいし、おとといあたりからずっと気持ちが悪いなとか異様に眠いなというのが続いている。

ちなみに今日は気持ち悪さが強烈になってきた。

 

気持ち悪さは大きくなっている証拠だったのね、とあとから振り返られる結果となって欲しい。

 

あと、産婦人科で授乳はやめてください、と言われた。

やめなくてもいいのでは?と思ったのだけれど、お腹の子を守れるのはあなただけです、と言われたことが頭に残って、子には申し訳ないけれど今日から断乳した。昼寝が少なかったからか、子はすぐ寝てくれた。

明日からが勝負。子よ、よろしくお願いします。

子と子

あの後、無事子が産まれ、母になることができた

やはり大変なことはあったが、子はすくすくと大きくなり、こんな神々しい生きものがわたしの子なのか!すごい…と毎日思っている

本当に親ばかを堪能させてもらっている

そして、いつか第二子が欲しいと思っていたら、幸いにも妊娠検査薬で陽性が出た

生理不順かつ周期が50日前後と稀発月経なので、正しい週数がわからずフライングかもしれないと思い

日を空けてもう一度検査したがやはり陽性だったので、妊娠したようだ

前回の経験からさっさといっても、心拍確認に再度通う羽目になるからと、翌週行く予定だったが、腹痛もあったので早めに病院へいった

結果としては、想定より胎嚢が小さいようだ

そもそも、最終生理日からの計算だったので、生理周期が50日強とすると2週間くらい誤差があるのだが、そうであれば、妊娠検査薬の判定があまりにも早くですぎている気がする

先生から難しいかもしれないね、と言われて、その時はそうかあ、ぐらいに思っていたが、稽留流産について調べては落ち込んでいる

来週、1週分大きくなってて欲しいし、その時にあー、やっぱり排卵が遅かったんだね、となって欲しい

経膣エコーも、誤差があるし、生理周期も長いし、大丈夫大丈夫と思いつつ、期待して残念な結果になるかもしれないことを肝に銘じなければ

自然淘汰されることは仕方のないことだが、いざ、自分が気がついてしまうと、そうなってほしくないと思う自分はなんとも自分勝手だ

とにかく1週間、落ち着いて過ごそうと思う

ささくれから大きくなる

5月末の記録

 

東京は雨だ。

久しぶりの雨に気分も下がる。低気圧というものは、なぜこうも不調を招くのか。
 
だんだんとお腹が大きくなり、おなかの子が機嫌がいい時には、動きがリズミカルになってきた。
これから、逆子を気にする時期になってくるのだなと思いつつ、おなかでどこどこうにょーんという動きに気がついた時にはとてもかわいいと思ってしまう。
母であるわたしは、とても運動音痴なのだが、この子にはたくさん遊んで、体力や筋力をつけてほしいと思っている。そのためには、まず子に付き合う体力をつけねばと、最近は万歩計をつけて歩き始めた。
 
 
正直、おなかが大きくなってきて、日々の生活で屈むのが苦しくなってきたり、座ってても苦しいときも出てきた。
日によって全く具合は違うのだが、苦しい日は本当に苦しく、動悸というものはこんなに苦しいのか、と会社のデスクでとにかく落ち着いてくれと何も出来ないまま時間が過ぎるのを待つしかない。
会社に通うということがこんなにつらいのかと本当に惨めに思えてくる。
 
 

カービィ化は進む

本当に題名の通りなのだが、おなか周りの巨大化が止まらない。

きれいにまあるく大きくなってきていて、ああ、今日もカービィ化が進んでいる、と毎日思っている。

 

おなかの子の性別が、ほぼ確定したということで、買い物にも行きたいのだが、いかんせん急激に大きくなったおなかのせいで動悸と息切れで日課の散歩にすら行けていない。

夫と一緒に外食にも行ったのだが、そのあとの買い物には行けなかった。

やりたいこと、やらなきゃいけないこと、全然できなくてストレス。

 

おなかの子は、最近おとなしくて、私のストレスをかぶっているのではないかと、本当に申し訳なく感じている。

アラサー

わたしは所謂アラサーと呼ばれる年の女である。

Wikipediaによると、アラサーという言葉が流行りだしたのは2006年頃のことらしい。
その頃から、今まで、ずっとアラサーというものは、ある程度お金を持ったことで生まれる、若さだけではない花盛りの女性を指すと思っている。

しかし実際のところ、朝、鏡に映る自分の顔は、カサカサでシミがあり、化粧ノリの悪い大層疲れ果てたおばさんであり、自分が思っているアラサーには到底見えない代物なのである。
もっと、キラキラしているものだと思っていた。
もっと、華やかなものだと思っていた。

歳のせいではない。自分が悪いのだ。わたしは面倒だからという理由で、自分のメンテナンスも人とのコミュニケーションのメンテナンスも怠っていた。
努力しない人間に結果はついてこない。当たり前だ。自分が悪いのだとわかっていても、もう遅いのだ。
わたしは、疲れ果てた顔に申し訳程度のファンデーションを塗り、電車に乗って会社に向かう、といういつもの作業を今日も繰り返すのである。

パンづくりを見ていたら、発酵で膨らんでくる生地と、私のおなかがすこしダブって見えた。相変わらず、お腹の子はぽこぽこと元気に動いてくれていて、なんともかわいいとしか言いようがない。

世の中はゴールデンウィークで、私は安定期に入っていて、どこかに出かけたい欲がむくむくと沸き上り、このところ毎日出歩いている。
夫は、そんな私を心配してどこへ行くにもついてきてくれている。
彼もしたいことがあるだろうに、優先してくれることがありがたくて、うれしくて甘えている。
完全に依存してしまっている。

最近、好き勝手に生活しているせいか、体重のコントロールがうまくいっていない。お腹も膨らんできていて、お腹の子も大きく育っていると信じているのだが、それにしても増えてしまっている。
体重計に乗ることだけはしているが、それ以上のことはしていない。
散歩しようと思っているのだが、お腹が張ってしまって、たくさん歩けない。10分でもう厳しい。
やはり、食事制限しかないのだ、と思いつつ、緩んだ気持ちを引き締めるには、連休はタイミングが悪い。
お腹の子が困らないように、また気をつけていかねば。

会社に行って、先輩に相談したところ、大事をとって休んだほうがいいといわれる。

病院で言われたことは、脅されているのか、本当にリスクが高いのか、考える暇も、その材料もないから、とりあえず相談してみたが、やはり休むほうがいいと。

結局、また休みを取って診断書を書いてもらいに行くことになった。
電車で、席を譲ってほしいと切に思い、譲ってもらったらごめんなさいと思う。
ちょっと病んできてるのか。

元気な赤子や元気に動き回る幼児をみて、わたしもこんな幸せを感じられるのか、不安感だけがせり上がってくる。

いまかかっている産院は大きいところで、とても有名ではあるから、安心して行ったのだけれど、デブが受け入れられないなら、先に言ってくれれば、他の病院を探したのに。

どうしたらいいのか。デブだからいけないのか?デブは子どもを産んではいけないのか?
こんな母親に育てられるお腹の子は気の毒なのか。
つらい。

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結局、病院にいったが、子宮頸管長も復活していたし、問題ないということで、診断書もなにももらえなかった。
行った意味がないとはいわないが、ただただ精神状態が悪くなるだけだった。
お腹の子が元気ならばそれで良いか。